叔母から何度勧められてもやらなかった茶道。
「堅苦しいのは嫌」
「大体、茶道って女性のやるもんやん・・」
そんな風に思っていた。
5年前、叔母が他界した。
そして後に残った茶室、茶道具の数々を見て思った。
「茶道、始めたら少しは供養になるかな?」
ところがやはりと言うか、想像した通り、全然ダメだった。
お茶は美味しいのだが、後はまるっきりダメ。
正直、「まったく性に合わない」と思った。
そして、稽古に行くのがだんだん億劫になった。
そんな自分の心を見透かしたように、先生が助言してくださった。
押し付けではない、控えめな助言だった。
型や所作の話ではなく、視点というか、考え方いうか、そんな話だ。
最初、自分は茶道と言うのは『自己を表現する場』だと思っていた。
ところが、どうやらこれは間違いだったようだ。
茶道は『自己表現』ではなく『相手をもてなす心』なのだ。
つまり、視点が『自分』ではなく『相手』にある。
『自分』ではなく『相手』
『自分』ではなく『相手』
『自分」ではなく『相手』
稽古中、何度も心の中で呟いてみる。
仕事中、何度も心の中で呟いてみる。
すると、
次第に心がやすらぎ、気持ちが安定してくるのは何故だろう。