アトピーは地道な努力が実を結ぶ。決して短時間では治らない病気

飛鳥 旬のプロフィール

■リバウンドまでの経緯

・1961年  大阪生まれ
乳・幼児期、小・中学時代を通じてアトピーの経験は無し。 14歳(中学2年)時、母が急死。これまでの生活環境が一変する。

・1976年 15歳
高校入学。 初めて『アトピー性皮膚炎』と診断。偏った食生活。好きな物を好きな時に、好きなだけ食べていた。

・1980年 19歳
大学入学後に症状が悪化するも、ステロイドで症状をコントロール。日々の生活に大きな支障は無かった。 アトピーが単に皮膚の病気でないことに薄々気付き始めていた。

・1984年 23歳
就職を機に症状が更に悪化。
年間120日を越える出張&過度のストレスからアトピーは更に悪化。 眠れない夜は抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤を使用。併せて「毒出し茶」と言われるお茶を常用していた。

・1988年 27歳
アトピーが顔に出る。
これを機に生活環境が一変。 医療機関への不信感から、民間療法に活路を求める。 「アトピーに効く!」と言われるモノを買い漁る。

・1989年 28歳
マスコミより『甲田療法』を知り、さっそく八尾市の医院を訪問。「これだ!」と確信するも3ヶ月で挫折。 超少食療法は勤めながら実践できるほど生易しくはなかった。

・1990年 29歳
民間の漢方薬局が勧める療法を開始。
「ステロイドの悪い毒を出し切れば治る!」との説明から離脱を決心。 「一緒に頑張ろう!」と励まされて、ステロイドを一気に切る。 保険の効かない高額な漢方薬を飲み続けるも改善せず、症状はさらに悪化。 「好転反応です」の連続にウンザリ。

■リバウンド後の経緯

・1991年 30歳
リバウンド突入。
全身からリンパ液。高熱により身動きが取れず近所の病院に駆け込む。 掻き壊した傷口から黄色ブドウ球菌が侵入、菌血症を起こしていた。 抗生物質の投与により、何とか小康状態を取り戻す。

・同年 2月
京都のT病院に入院。絶食療法を経験。
この体験が完治への礎となる。主治医曰く「アトピーは自分で治す病気」。依存型だった私の考え方が変わる。

・同年 4月 職場復帰
根治療法開始。
仕事をしながら「胃腸の健全化」をスタート。同時に快食・快便・快眠を軸に生活習慣の見直しを開始。

・1992年 31歳
4月、体のアトピー消える。
6月、旅行先のハワイで数年ぶりの半袖シャツ。
9月、肩と首のアトピー消える。

・1993年 32歳
2月、顔のアトピー再発。
3月、顔のアトピー消える。(再発期間1ヶ月)
この時、しぶとかった左の額部分も消える。

・1994年 33歳
2月、顔のアトピー再発。
3月、顔のアトピー消える。(再発期間2週間)
以後、今日までアトピーは一度も再発していない。

どうでしたか?
私の『アトピー完治への道』はこんな感じです。

で、注目して頂きたいのはその『治り方』
ご覧頂くと分かるように、私のアトピーはある日を境に一気に完治していません。 確かに「治った!」と感じる時期はありましたが、短期間ながら2度再発しています。

で、ここでのポイントは再発。
今更ですが、アトピー性皮膚炎は慢性疾患です。急性疾患ではありません。これがアトピーの本質。 つまりアトピーは調子が良くても再発する可能性はあるのです。これはもう織込み済みのシナリオ。従って、再発しても慌てない。

慌ててはいけません。
実際、私達が失敗や間違いを犯すのは大抵、冷静さや心の落着きを失った時ではないでしょうか。

冷静さ、心の落着き・・・
これを失った時、私達はしなくてはならない事をせず、しなくてもいい事ばかりしてしまう。 逆から見れば冷静さ、心の落着きを失わない限りアトピーなんて何とでもなる。そう。何とでもなるのです。

心の落着き、冷静さを失いそうな時、このページのこと思い出して下さい。

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